人の幸せや社会の豊かさに、AIをいかに「調和」させるか【調和技研×AIの旗手 Vol.1】
北海道大学情報科学研究院教授 川村秀憲先生
北海道大学大学院情報科学研究院調和系工学研究室から生まれた、大学発ベンチャー企業の株式会社調和技研。「調和技研×AIの旗手シリーズ」は、AI研究の第一線で活躍する方々に、当社社員がインタビューのマイクを向けるクロストーク企画。記念すべき第1回は、私たちの「生みの親」でもある北海道大学大学院情報科学研究院教授の川村秀憲先生にお話を伺いました。
聞き手:小潟(但野) 友美 株式会社調和技研 研究開発部/博士(情報科学)
取材実施:2022年5月
自分たちの研究と、社会とを結びつける
――川村先生は当社の立ち上げメンバーですね。そのきっかけから教えてください。
私は企業との産学連携や共同研究など、大学の外に出てさまざまな取り組みに携わるタイプ。というのも、アメリカの社会学者マーク・グラノヴェッターが提唱する社会的ネットワークの概念「弱い紐帯(ちゅうたい)の強み」にふれたからです。ごくごく簡単に説明しておきます。自分にとっての転機やチャンスはつながり(紐帯)の強い集団…私でいえば北海道大学内や研究者仲間からもたらされると考えるのが一般的。けれど、グラノヴェッターは異なる業界や職種、遠い場所にいる弱いつながりの人のほうが、新たな情報や価値を届けてくれる可能性が高いと説きました。
――「弱い紐帯の強み」…初めて聞きましたが、もう少しお手柔らかに(笑)。
はい(笑)。で、それを自分で実践してみようと、学外の方々と意識的に交流するように心がけました。多くの企業や人と関わっていく中で、会話を交わすのがとりわけ面白いと感じたのが「創業者」。自らの意思決定により0から1を生み出し、答えのない中でビジネスを軌道に乗せるための最善の解を導くところが、どこか研究に通ずると感じました。私たち研究者の「出口」といえば、大学教授の場合は論文や学会発表が一般的。とはいえ、誰かが研究成果を見つけてくれることを待つばかりでは、世の中の役に立つまで相当の時間を要します。自分たちの研究を社会に結びつけるには、ベンチャー企業を作ったほうが早く有益ではないかという実験的な試みで調和技研という「接点」を立ち上げました。
AIは驚異ではなく、より良く共生するための「システム」
――川村先生の代表的な研究はAI俳句でしょうか。
そうですね。人工知能を搭載した俳人「AI一茶くん」に、ディープラーニングによって数え切れないほどの俳句を学習させ、新しい句を詠むという取り組みを進めています。といっても、単に良い俳句を作るのが研究のゴールではなく、句会に参加させるところまで昇華させたいと考えているんです。
――句会に参加…というのは?
句会はお題を決めた上で参加者が俳句を持ち寄り、良いと感じたものに匿名で投票した後、先生からの講評で締めくくるというのが大まかな流れです。「AI一茶くん」は、まだ選句(投票)も講評もできませんが、その句が「なぜ良いのか」という理由を語れるようになることで、俳句というドメイン上では人と同じ知能を持った存在になれると考えています。AIと見破られずに句会に参加できるようになるのが理想でしょうか(笑)
――ユニークな取り組みですね。
AIというと人の仕事を奪ったり、人に取って代わったりという脅威論が持ち上がりがち。けれど、AI俳句の例でいえば、句会に一緒に参加する人の心を動かしたり、感動させたり、人生を豊かにするために共生すべきものです。多くの人や社会生活を幸せにするシステムとして「調和」する存在というのがAIに対する自然な見方だと私は考えています。

――私も仕事で献立の最適化に携わっています。基本のレシピはAIが作成する分、管理栄養士さんは栄養価のコントロールやアレルギー対応があり調整が難しい方の食事を考える時間が増えるのがメリットです。
まさにAIと人との調和だと思います。献立の最適化はコンピュータ上では評価関数が最大になれば良いとも考えられますが、結局のところ「食べておいしい」「喜んでもらえる」というのが大きな「研究成果」ですからね。私は自分たちの取り組んでいることが、何かの役に立っているところを見たいというのがモチベーションの一つです。調和技研も研究成果を企業が評価してくれ、他社へサービスをすすめてくださるという好循環が生まれていますよね。自分たちの研究や勉強の意義・価値を感じやすい環境だと思います。
今後はAI分野の博士号がキャリアパスの大きな武器に

――ここ最近、AI分野を学んだ人材の注目度が高まっているように思えます。
例えば、AIにディープラーニングを活用するといった研究をしっかりと積み重ねている人は、大手企業でもベンチャー企業でも引く手あまたでしょう。とりわけ、博士号を取得している場合、アルゴリズムの性能評価や数学的に意味のある改善・改良などのトレーニングを受けた上で、アカデミックな手法をビジネスの開発に生かせるため重宝されると思います。調和技研には博士号を取得した社員も多く、大学との連携も豊富なので、スキルアップにはうってつけの場ですし、逆に研究室だけにこもっていては分からない企業や社会の課題にふれられるのもメリットです。
――ただ、まだまだ「社会に出るのが数年遅い」とされ、博士号の取得が就職の足かせになるケースも多いような…。
海外では新卒も通年採用ですし、一度社会に出てから大学院に入り、ビジネスの場に戻るのも当然の感覚。アメリカでは大学在学中に「職歴」としての長期インターンシップに参加し、スキルアップのために次々と会社を渡り歩きます。一方、これまでの日本社会は、新卒一括採用でメンバーシップ型の終身雇用が主流でした。高度経済成長期の場合は人的なリソースも豊富なことから、会社が人材を育て、年功序列スタイルで給与が上がっていくことも破綻なくできたかもしれません。ただ、人口減少社会を迎えると、今までの手法は成り立たなくなると考えています。どのような能力を持ち、何ができるのかということを評価する企業が次々と増えていくはずです。その点で博士号はスキルの証としてもキャリアパスの大きな武器になるでしょう。
――大手企業も人材の採用や評価の仕方を変えていくのでしょうか。
すぐに切り替えるのは難しいのが現実でしょうか。新卒社員がいくら優秀でも、入社直後からシニアを上回る給与を得ることに納得しない人もいるでしょうし、社内の制度を作り変えるのにも時間がかかると見込まれます。一方、ベンチャー企業は新たなルールや文化を取り入れる柔軟性に富んでいる会社が大半。調和技研でも研究が好きな人にはその能力をいかんなく発揮できる仕事にアサインし、成果をしっかりと評価する社風です。生産性の高さは給与にもダイレクトに結びつきます。働き方の面でもフレキシブルですよね。
――確かに、私も今はフルリモートで、主人の仕事の関係から住まいも栃木県です。
働く人がますます少なくなる時代、女性や子育て世代は貴重な戦力になります。今まではご主人の転勤や育児の関係から仕事を諦めざるを得ないケースが多かったかもしれませんが、場所や時間を問わない働き方が広がったことは大きなメリットです。調和技研には「沖縄に住みながら働きたい」というスタッフもいるようですが(笑)、今はSlackやZoomがあれば事足りる時代。リアルの集いも楽しい一方、プロジェクトに関しては海外から参加しても良いでしょうね。
ハサミを作るのではなく、ハサミで「何を作る」のか

――川村先生にとってAIの研究とは?
私はよく「ハサミ」に例えています。切れ味の鋭いハサミをどのように作り、精度をいかに高めるかという理論を組み立てるのではなく、ハサミで「何を作り」、どう役に立つのかを考えることが研究の行き着く先だと思っています。学生には、自分の作ったものがどれくらい社会に影響を与えるのか考えるよう口を酸っぱくして伝えています。今の研究が最低でも100万人に見てもらえるように、とも。例えば、AI俳句から派生したプロジェクトとして、「NHK総合 ニュース シブ5時」で時事ネタをテーマに川柳を詠む「AIヨミ子の川柳」を開発することになりました。社会に影響を与えたかどうかは難しいところですが、「見た人の数」でいうと100万人は超えていると思います。
――当社にもAIの言語系エンジン群「lango」、画像系エンジン群「visee」、数値系エンジン群「furas」がありますが、何に使い、どう世の中に役立てるのか考えるのが大切ですね。
その通りです。先ほどの「献立の最適化」の例でも、1万人、10万人が食事を楽しむことは、多くの人の幸せにつながります。近い将来、調和技研が開発したクルマの製品検査エンジンで合格した部品を載せたクルマを街で見かけるだけでも、「私の作ったアルゴリズムが家族の楽しいドライブに一役買っている」と誇らしい気持ちになるでしょう。あるいは、とある企業と共同でAIを活用して食肉加工の一部の手順を機械化することに成功しました。この技術が日本のみならず海外にまで広がると、外国人が食べている精肉に、実は自分のアルゴリズムが使われているという大きな手応えを感じられるかもしれません。縁の下の力持ちではありますが、それが研究者冥利につきますし、何より面白い瞬間です。
――川村先生が立ち上げた調和技研も大きくなってきました。
こんなに成長してくれて、嬉しい限りです。けれど、AIと人が調和し、企業や社会の課題を見つけた上で解決していくという軸はブレることなく続いています。同時に大学の研究室のようなノリも、「大人のビジネスバージョン」という形で文化として受け継がれている雰囲気です。社員もアルゴリズムの研究開発に集中する人、AI技術者として顧客と接して困りごとを吸い上げる人、海外でプロジェクトにジョイントしてくれる外国人と、得意分野を生かして助け合いながら生き生きと働いています。こうした好循環を続けて会社として成長しながら、日本のみならず世界でお手伝いできることを増やしていきたいですね。
Profile
川村 秀憲 氏

2000年3月北海道大学大学院工学研究科システム情報工学専攻博士後期課程期間短縮修了。同年4月同大学助手。2006年同大学准教授、2016年同大学教授となり現職。1999年~2000年、日本学術振興会DC特別研究員。2007年~2008年、日本学術振興会海外特別研究員、ミシガン大学客員研究員。株式会社調和技研、フュージョン株式会社、株式会社インターパーク、株式会社Aill社外取締役。
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