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多彩なサービスと紐づく「交通」の課題解決で地域の活性化や住みやすさの向上を【調和技研×AIの旗手 Vol.2】

北海道大学大学院情報科学研究院 教授 野田五十樹先生

目次

次世代の交通サービスとして大きな注目を集める「MaaS(マース:Mobility as a Service)」。「調和技研×AIの旗手シリーズ」の第2回にご登場いただくのは、オンデマンド交通の自動配車システム「SAVS(サブス:Smart Access Vehicle System)」開発の中心人物として、交通課題の解決に取り組む北海道大学大学院情報科学研究院教授の野田五十樹先生です。

聞き手:小潟(但野) 友美 株式会社調和技研 研究開発部/博士(情報科学)
取材実施:2022年5月

「SAVS」が成立するかシミュレーションするのが大切

――野田先生の代表的な研究「マルチエージェントシミュレーション」を簡単にご説明いただいて良いでしょうか。

ごくごく簡単にいえば、小さな人工知能を数多く作り、人の代わりとして相互作用する様相を社会に見立てて現実の問題を解いていこうという研究。中でも力を入れているものが公共交通のシステムをマルチエージェントシミュレーションベースで解き、社会的に見てバランスの取れたものを考えて現実のサービスに反映していく取り組みです。同様の方式を使って、災害時の避難や救助の経路といった防災関係にも応用しています。

――野田先生はタクシー(オンデマンド交通)と路線バス(乗合交通)の長所を掛け合わせた、AIによるリアルタイム便乗配車計算を行うサービス「SAVS」にも携わっていますね。経路の部分もマルチエージェントシミュレーションで作っているのですか?

お客様が決まった後の経路は、ごく普通の最短経路探索という方法です。その前に、どのクルマを配車したら良いのかという部分には、マルチエージェント方式を少しだけ活用しています。ただ、そもそも経路の最適化を解決する以前の問題のほうが大きなウエイトを占めているんです。「SAVS」はオンデマンド型の交通システム…つまり、タクシーを呼ぶといった要求ベースで動くシステム。その成立条件を分析するために、マルチエージェントシミュレーションの手法を使っています。例えば、人が利己的に好きな方法で移動するというエージェントを作り、まちの中に散らばっている時、オンデマンド型と既存の交通サービスのどちらが効率が良いのか、あるいはコストが抑えられるのか比較できるようにしているんです。このように、オンデマンド型が成立する条件を求めるのが先決。良いルートや分担方法を見つけるというのは別の問題として解いています。

――実際に「SAVS」を適用してみると、シミュレーション通りになるものですか?

例えば、2013年に函館市で運行実験をした際、待ち時間を10分以下で設計したところ、ほとんど予想通りのサービスが提供できるくらい安定的に運用できました。一方、現実はそう簡単にシミュレーションできないことも痛感。想定外の渋滞が発生するなど、違う問題も発生しました。こうしたギャップは別の方法でシミュレーションしたり、配車方法のアルゴリズムを変更したりすることで、日々対応しています。単純にディープラーニングで何でも解決できるわけではなく、AI技術の研究で培われてきた多彩な手法を組み合わせ、現実の問題を解決する形です。

「SAVS」の導入には周知や採算、「覚悟」も大切。

――「SAVS」の課題はどのような部分ですか?

「SAVS」はタクシーがお客様を乗せてA地点からC地点に行くまでの間に、B地点で別のお客様のデマンドがあった際に相乗りしてもらうようなイメージです。利用者は料金が安くなり、運行会社は効率的な配車が可能になります。ただ、バスとタクシーのあいの子のような仕組みは、現在の日本の法律ではカバーできず、認可されない可能性が大きいというのが最大の壁です。ただ、最近は地方の公共交通が採算が取れないため縮小し続けるなどの深刻な問題を抱えているため、柔軟な運用によってサービスインする機会も増えています。また、介護施設や病院の送迎を最適化したり、新型コロナウイルスの感染拡大時には従業員の福利厚生として通勤に利用したいという依頼があったり、自治体以外にもサービスを展開しています。

――祖母が白老町に住んでいます。年齢は90代と高齢ですが、80代のご近所さんを自家用車に乗せて隣町の大きな病院に出かけなければならない状況です。先生の研究は、今後の地方都市にとって非常に重要だと身を持って感じます。

今後、そういったケースは増えてくるはずです。お祖母様の場合は健康なので現状に違和感はないかもしれませんが、5年後、10年後を考えるとクルマの運転が難しくなる可能性もあります。その時に備えて「SAVS」のようなシステムを導入しておくのは重要な反面、利用するであろう方々の認識がまだまだ追いついていないところも課題です。

――つまり、普及するための周知も大事だということでしょうか?

その通りです。技術系ベンチャー企業である私たちが市町村民の意識改革まで担うのはさすがに難しいので…(苦笑)。さらに、「SAVS」のようなサービスはユーザーを獲得しなければ成り立ちません。私はクルマの台数やドライバーの確保、稼働時間などを含めて、少なくとも「このくらいの規模で運用しなければ上手くいかない」というシミュレーションも提示しています。そのコストをどこが負担するのか…利用者なのか、あるいは自治体が助成によって賄うのかといったことも決めなければなりません。仮に公共交通の問題を抱えている市町村が「SAVS」を導入するなら、採算と継続のために「頑張る覚悟」を持つことが最も重要だと思います。

交通にまつわる課題解決が、まちの好循環を導くカギに

――今後「SAVS」が広がり、自動運転なども実用化されると、どのような発展が期待できますか?

まちの「つくり」が一変すると考えています。現在は駅前の一部だけが繁華街だったり、あるいは中心部から離れた場所にある大きな駐車場付きのショッピングモールが賑わっていたりする構造が大半。けれど、「SAVS」の普及によってそれぞれの地域が持つ価値が変わると思います。例えば、函館市は観光地やおいしいお店があちこちに点在しています。「SAVS」の運行実験に取り組んだ際、路線バスや路面電車では行けない場所を観光する人がグンと増えました。あるいは旅行会社とタッグを組んで境港市に「SAVS」を提供したところ、クルマがないと見ることが難しい「ベタ踏み坂」というスポットのすぐそばの喫茶店にお客様が詰めかけたんです(笑)。

――観光の自由度も高まりますね。

はい。他のお客様グループと相乗りする以上、時間の余裕を持って行動しなければなりませんが、効率化ばかり追求するのも社会的ロスにつながりますから。それに、急いでいる人は追加料金を払ってもらったり、優先用のプレミアムチケットを用意したり、こうした手法は研究の余地があるものの、対応は可能だと考えています。

――「SAVS」のサービスインによって実際に人の流れが変わったケースはありますか?

「SAVS」だけが要因ではありませんが、岩手県紫波(しわ)町の例がそれに当たります。このまちは、地域活性化に腹を据えて取り組んでいる自治体。例えばバレーボール専用コートというニッチな需要を見出し、全国からの合宿組やママさんバレーの利用者を呼び込むことで、宿泊施設や食堂も潤うなどのユニークな発想から好循環を生み出しています。そのまちづくりの一環として、「SAVS」の提供によるデマンド型乗合バス「しわまる号」を運行しました。こうした新しい試みの魅力から、人口が増えるばかりか、若い世代の移住者も多くなっているといいます。実は、交通は観光やショッピング、グルメなどの多彩なサービスが紐づく分野。塾の送り迎えのために親御さんの時間が取られていた場合、「SAVS」を使った送迎バスを活用することで便利になりますし、「送迎付きの塾」というアピールポイントにもなるはずです。交通にまつわる課題解決は、地域活性化や住みやすさを導く好循環のカギになると考えています。

AIは問題を発見・創出するための足がかり

――野田先生は、公立はこだて未来大学の本格的な大学発ベンチャー「株式会社未来シェア」の取締役でもありますね。同じ大学発ベンチャーとして調和技研のことをどのように見ていますか?

まず、調和技研のほうが人数も多く、規模も大きいです(笑)。それは冗談として、技術に長けた大学発ベンチャーとして親しみを感じています。さまざまなAI技術を取り入れて、社会や企業の課題を解決するために仕事に取り組む姿勢は見習うべきところですし、情報発信も活発なので興味を持つ人も増えているのではないかと感じています。共通しているのは、「こういうことができるのではないか」「この課題を役立てられるのではないか」など、AIの先端技術を社会に活用しようとする気概でしょうか。

――ありがとうございます。調和技研とのジョイントも考えられますか?

未来シェアは、今のところ交通に特化した会社なので、例えば音声認識を必要とされると自分たちだけで取り組むのは荷が重いのが正直なところです。こうしたケースで助け合うというのは十分に考えられます。

――若い技術者や研究者に期待することはありますか?

私は大学でも就職担当です。就職活動中の学生さんにもよく伝えているのは、AIやディープラーニングがトレンドだとしても、単なる流行と捉えて会社選びをするのではなく、10年後、20年後を見据えてスキルアップや活躍ができる場を見つけてほしいということ。近年は大企業志向ばかりではなく、ベンチャーに目を向ける人も多くなっているのは良い傾向だと思います。調和技研もさまざまなAI技術に取り組んでいる分、社会に多くの貢献ができるという面でやりがいを持って働ける職場ですよね。

――野田先生は人工知能学会の会長も務めています。最後にAIの今後についてどう見ているのかお聞かせください。

ディープラーニングについてはある程度頭打ちになってきたと考えています。画像認識や言語処理には力を発揮する反面、論理的な組み合わせは従来型のAIが強いなど、活用の仕方がハッキリとしてきたのではないでしょうか。一方、各種データがそろってきたことから、今後は社会的な現象を取り扱う方向に応用が広がると見込んでいます。とはいえ、人間にとって快適なものを見つけることはAIにはできません。例えば、機械にいくら学習させても、フェルメールが生まれる前に、「フェルメール風の絵画を作る機能」を作れませんよね。芸術の分野でなくても、日頃の料理で「この調味料を入れたらおいしくなるのでは」という小さな発見も生命体でなければ判断できません。若い世代には、AIを問題発見や創出のきっかけにして、多くの人が幸せになる社会をデザインするために技術を活用してほしいですね。



Profile

野田 五十樹 氏

北海道大学 大学院情報科学研究院教授。株式会社未来シェア取締役。1992年、京都大学大学院工学研究科修了後、電子技術総合研究所(現・産業技術総合研究所)に入所。2000年より防災情報システムの国家プロジェクトに参画。2002年よりオンデマンド型公共交通のシミュレーションを開始。その社会実装を目指して、2016年、株式会社未来シェアを設立。2020年より人工知能学会会長、2021年より北海道大学教授。研究分野はマルチエージェント社会シミュレーション、機械学習、減災情報システム。