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AIというツールを使い 「生命たらしめるもの」が何かを見つけたい【調和技研✖️AIの旗手 Vol.4】

北海道大学情報科学研究院准教授 飯塚博幸先生

目次

人工生命と聞くとSF映画のような世界を思い描きがちですが、本来は「生命とは何か」を探求する分野。インタビュー企画「調和技研×AIの旗手」の第4回は、幅広い知識から人工生命を研究する北海道大学大学院情報科学研究院准教授の飯塚博幸さんをゲストに迎え、AIの枠だけにとらわれないユニークで興味深いお話を展開していただきました。

聞き手:小潟(但野) 友美 株式会社調和技研 研究開発部 PMO-G/博士(情報科学)

取材実施:2022年5月

1. お掃除ロボットは生命?それとも工業製品?


ーまず飯塚先生が研究する人工生命について簡単に教えてください。

端的にいえば、コンピュータの中で考える生命。仮にこの世界が神様によるいたずらなく現在の形になったとするなら、コンピュータ内で考え得る生命もいるはずです。コンピュータの中で物理法則や時間の積み重ね、進化といった世界の誕生に重要な法則や状態を再現することで、コンピュータ内で考えられる生命を作ることができるのではないかと考えています。言葉にすると難解ですし、想像しにくいですよね(笑)。私が人工生命に興味を抱いた時も「?」でした。複雑系という学問が流行していた時代のこと。さまざまな本が出版される中で、東京大学の教授を務めている池上高志さんの書籍に出会いました。書いてある内容は、当時の私には理解を越えていたからこそ、妙に心を動かされたんです。

ー具体的にはどのような研究を?

人工生命の研究にはいろんなレイヤーがあります。例えば、原始的な化学反応が起こり、自己複製が生まれることで進化が始まって、単細胞生物が誕生するというプロセスの研究もその一つです。一方で、その段階は考えずに人間の認知的なプロセスがどう出来上がるのかをシミュレーションすることも。あるいは、動物の群れが織りなす生命らしさについて、深堀りするケースもあります。

ー例えば「ルンバ」に愛着を感じる人もいると聞きますが人工生命といえるのでしょうか。

個人的には人工生命だとは感じられないのが本音。「ルンバ」を開発したiRobot社を立ち上げたのは、環境との相互作用から生物の動きを作り出そうとしたロドニー・ブルックスという研究者です。とはいえ、「ルンバ」に関していえば掃除を目的とした完全な工業的な製品だと思います。掃除する姿が「生き物らしくてカワイイ」という人もいますが、私はお掃除ロボットを見ても「このアルゴリズムはどうなっているのか」や「ココで繰り返しのプログラムに入ったな」と考えちゃいますね(笑)。

2. 相手の視点に立ち、気持ちを理解する仕組みとは。


ー最近のトレンドや面白い研究はありますか?

手前味噌ですが、今まさに私が携わっている研究が好きです。普通、自分と他者は完全に違うものと考えがちですが、仮に自分の頭の中に自分と他者を区別することなく処理するプロセスがあるとします。この仮定を、コンピュータでシミュレーションしてみると、自分を知るように相手を知ることができ、自然と他者の見ている視点まで想像できるようになるんです。

ー自分の視野だけでなく、相手の視野が見えるということですか?

言葉では説明しづらいのですが、私と但野さんがいて、私の頭の中で「私のための情報」「但野さんのための情報」という区別なく処理をしていると、いつしか但野さんから見た景色や気持ちが何となく分かるようになるという不思議な現象です。よく「相手の視点に立って気持ちを理解する」といいますが、その視点を人はどのように獲得するのかが問題になっています。諸説ある中で、私たちは「共有モジュール」を使えば、相手の見ている景色を教えてもらわずとも、想像することができるようになるのではないかという仕組みの研究を進めているんです。

ーすごく不思議な話ですね。

例えば、他者の投球練習の動作を見ているだけでも、自分の運動能力が変わることもありますよね。こうしたケースも、同様のシミュレーションによって上手く解決できるのではないかと考えています。

ーところで、先生は円山動物園の共同研究にも携わったとか。

チンパンジーの個体を見分けるためにAI技術を活用しました。動物つながりの研究でいうと、ある種の鳥は親から子へ鳴き方を伝えていくうちに「歌」を真似するようになります。実はこうした真似の研究も人工生命の守備範囲。例えば、相手の上手くいっている商売を真似すると、自分にも利益が生まれますよね。なので、真似するというのは進化としても重要な行動。ただ、敵対関係にある場合、真似されると相手は不利になるので真似されたくないと思うはず。ニューラルネットワークの構造を用いて「相手の真似をするけれど、相手に真似されたくない」を相互に学習するシステムでシミュレーションしたところ、カオス…複雑なパターンを生み出すことが分かりました。例えば、相手が真似しやすい部分を敢えて作る一方で、肝心なコツは隠しておくような進化を遂げるなどです。私にとってのAIは、こうした研究のツールとして使うものという割合が大きいですね。

3. 生命を生命たらしめる必要条件や理由の解明を。


ー飯塚先生の研究が発展していくと、行き着く先はどこでしょうか?

本当に可能かどうかは分かりませんが、私が生涯を閉じる前までには自分の意識を安全なところに移したいと思っています(笑)。ただ、もう少し真面目にいうと、人工生命の目的の一つでもある「生命を作りたい」ですね。AIはあくまで実態のないソフトウェアとしての知能ですが、私たち人工生命の研究者はある環境に実在していて、生命を維持し続けるために行動するようなものを実現させたいと考えています。

ーでは、何があると生命と呼べるんでしょうか?

作った機械が人間の知能と見分けがつかないのであれば、生命と呼ばざるを得ないはず。いわゆるチューリングテスト(機械の能力が、人間の知的活動と同等かそれと区別がつかないほどであるかを確かめるためのテスト)を突破するということです。ただ、それでも「生命たらしめるものは何か」の必要条件や理由がきっとあるので、その解明が使命でもあります。

ー映画に登場する人間のようなロボットは生まれそうでしょうか?

そのような論調は高まっています。私はもともと生命の本質は見た目に左右されないと考えていましたが、大阪大学の石黒教授が作った外見も人間らしいロボットを目の当たりにし、お話を聞いたことで「外側」も大切だと思うようになりました。何せ顔を近づけ過ぎると緊張したくらいですから。このような人間らしい見た目のロボットは数多く開発されていくと見込んでいます。ただ、相互作用という面でいうと、仮に私が殴りかかってもロボットが焦るわけではないので、やはり生命とは異なるというのが正直な感想です。問題になってくるのは、人とのインタラクションをどう作るのかということ。「コレが生命かどうか」を判定するのは、結局のところ人間ですから。

4. AI技術の進歩と密接につながっている人工生命。


ー調和技研の技術が役立つような研究はありますか?

現在、手話の学習システムを作るプロジェクトに携わっています。人間の動作や言語に対して、AIを使ってどのような行動か、単語なのかを認識させているところです。調和技研もさまざまなAI技術を持っているので、それらを上手く活用することで、より良い手話の学習システムを作れる可能性は大いにあると思っています。

ー手話は動画から解析するのですか?

動画を入力して、手の動きを画像ごとに処理することもあれば、骨格情報から関節の角度を修正して認識させることもあります。手話は自然言語に比べて長い歴史があるわけではないことを考えると、現状では自由な会話の意味を訳すのは難しいですし、膨大な訓練データが必要です。今のプロジェクトは札幌市視聴覚障がい者情報センターやBIPROGY株式会社(旧・日本ユニシス)と協力し、データを学習させています。

ー手話の場合の難しさとは?

手話というと手の動作に注目されがちですが、表情からも気持ちを伝えています。そのため、骨格情報だけではポジティブな心境なのか、ネガティブなのかが抜け落ちることもあるんですね。また、手話の場合、一連の手の動きで「どこまでが手話」なのか「どこからがジェスチャー」か見分けづらいところも難点。ただ、AIやディープラーニングの発展を考えると、将来的には自由な翻訳も可能になると思います。

ー先生は調和技研の技術顧問としてアドバイスを求められることもあると思いますし、私も人の印象や感性を分析する方法について相談したことがあります。当社についてどんなイメージをお持ちですか?

日本人も外国人もいますし、バックグラウンドがさまざまな多様性に満ちていると思います。大学に向いていそうだったり、ウチの研究室にきてくれたら良さそうだったり(笑)。ただ、やはり、企業の案件が大半だと思うので、ゴールが決まっている中で最も効率の良い方法を探すということに長けているのではないかと感じます。この手法を試すとプロジェクトが進みやすいというような新しい発見にもふれられるイメージです。

ー調和技研から刺激を受けることは?

今のAI技術は人間がやらなくても良いこと、もしくは人間よりもコンピュータが上手くできるものを、どんどん置き換えていきましょうという段階。そうした課題は社会の中に数多く転がっているため、調和技研の得意分野が生かせますよね。むしろ私の人工生命の研究にスポットが当たる機会は少ないのが現状です。ただ、お互い最終的に行き着く場所は「心の問題」。オフィスで観葉植物や水槽を泳ぐ魚を見て、世界とつながっているような安らぎが得られるように、生命がいるという安心感をロボットが担っても良いはずです。AI技術の進歩は人工生命を作ることにダイレクトにつながるため、調和技研の仕事ともそう遠くない未来で交わる部分は多いと思っています。単純に技術的な面で「そうきたか」と刺激を受けることもありますしね。

ー最後に若手技術者や研究者にアドバイスを。

私自身の研究が一つのことを掘り下げるのではなく、幅広い分野を横断的に学ばなければならず、それが楽しいタイプでもあります。自らの面白いと感じたことに面白く取り組んでほしいですし、調和技研はそれをしやすい環境だと思います。月並みかもしれませんが、好きなことを突き詰めるのが大切ではないでしょうか。




Profile

飯塚 博幸氏



北海道大学 大学院情報科学研究院 情報理工学部門 自律系工学研究室 准教授。2004年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。大阪大学助教を経て2013年より北海道大学自律系工学研究室准教授に就任。北海道大学調和系工学研究室OB。専門は人工生命、複雑系科学、人工知能、認知科学等。