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専門家向けNLP解説:vol.2 情報抽出

目次


情報抽出:文章の中から意味のある部分を取り出す 

ニュース記事や契約書、判例や論文。私たちが日々触れる文章には、多くの「意味のかたまり」が隠れています。人間であればざっと目を通すだけで「誰が」「いつ」「どこで」「何をしたのか」を理解できますが、コンピュータにとってはただの文字列の並びです。そこで必要になるのが 情報抽出(Information Extraction, IE) です。自由な文章の中から特定の要素を見つけ出し、整理されたデータに変換する技術を指します。 


情報抽出とは?  

情報抽出の役割は、文章に含まれる「登場人物」や「出来事」「関係性」を見つけて、機械が扱える形に整えることです。 

たとえばこんな一文を考えてみましょう。 

「2024年7月、東京で開かれた国際会議で、田中教授が基調講演を行った。」 

人間なら一瞬で状況を理解できますが、情報抽出ではこれを次のように整理します。 

  • 日付:2024年7月
  • 場所:東京
  • 出来事:国際会議
  • 人物:田中教授
  • 行為:基調講演

こうしてデータ化することで、検索や分析に利用しやすくなります。 


どんな作業が含まれるのか? 

情報抽出は大きくいくつかのタスクに分けられます。 

まずは 固有表現抽出(NER)。文章の中から人名、組織名、場所、日付などを見つけます。
たとえば「Apple」は企業なのか果物なのか、文脈から判断しなければなりません。 

次に 関係抽出。出てきた要素同士のつながりを見つけます。「トヨタはソニーと提携した」
という文では、「トヨタ—提携—ソニー」という関係を取り出すことになります。 

さらに イベント抽出。文章で起きている出来事そのものを整理します。「株価が急落した」
なら「株価急落」というイベントとして登録するイメージです。 

そのほか、契約書や記事に出てくる「金額」や「期間」といった属性を拾い上げる作業も
重要です。 

技術の進化 

最初の情報抽出は、人間がルールや辞書を作り込む方式でした。正規表現や手作業でのパターン作りが中心で、限られた場面では高精度ですが、新しい表現が出てくると途端に対応できなくなるという欠点がありました。 

その後は確率的モデルが使われるようになります。HMMやCRFといった統計的手法が代表的で、文章を系列データとして扱い、確率的に「この単語は人名」「この単語は日付」と判定できるようになりました。 

さらに進化したのがニューラルネットワークです。BiLSTM-CRFのように文脈を考慮しながら系列を処理できるモデルが登場し、精度が大幅に向上しました。そして現在主流となっているのはTransformerベースのモデルです。BERTやRoBERTa、LUKEなどは事前学習を活かして少量のデータでも高精度な抽出を実現しています。 


どこで役立っているのか?  

情報抽出の活躍の場は思った以上に広いものです。 

法律の世界では、契約書から「当事者・契約期間・金額・解除条項」を自動で抜き出したり、判例から「争点・当事者関係・裁判所の判断」を整理したりします。医療では、カルテから「患者名・症状・投薬内容」を抽出したり、論文から「疾患・治療法・効果」をデータベース化することができます。 

ビジネス分野では、SNSの投稿から「商品名」と「感情表現」を拾ってマーケティングに活かしたり、レシートや請求書から「金額・日付・購入品目」を自動で登録したりしています。ニュースやSNSのモニタリングでも、事件や災害の「誰が・どこで・何をした」を自動的に整理する技術として欠かせません。 


難しさと課題 

もちろん課題もあります。言葉には曖昧さがつきものだからです。 

「Apple」が企業なのか果物なのか、文脈がなければ判断できません。長文や複雑な文構造では係り受けの解釈を誤ることもあります。さらに医療や法律といった専門領域では、固有表現の種類が特殊で辞書の整備にコストがかかります。英語以外の言語では学習データが十分にそろわず、精度が下がることもしばしばです。


LLMの登場でどう変わったか?  

近年は大規模言語モデル(LLM)が情報抽出のあり方を大きく変えています。従来はデータを大量にアノテーションしてモデルを訓練する必要がありましたが、LLMはゼロショットや少数ショットでも抽出をこなせるようになりました。 

さらに、あらかじめ定義したスキーマに従って、JSON形式のような構造化データを直接生成することも可能です。ただしその一方で、出力が安定しないことや、事実性を確保するための仕組みが必要といった課題もあります。そのため、正規化ラベルや知識ベースとの連携が重要になっています。 


これからの展望  

情報抽出は今後、さらに広がりを見せるでしょう。外部知識と統合して精度を上げる試みや、LLMを使った自動アノテーションでデータ構築を効率化する動きが進んでいます。テキストだけでなく、画像や音声、動画からも情報を引き出すクロスモーダルな抽出も現実味を帯びてきました。そして利用者が結果を信頼できるように、抽出根拠を説明する「説明可能性」も重要なテーマです。 


まとめ

情報抽出は、文章の中から「人名・日付・出来事・関係」といった情報を見つけ出し、機械が扱えるデータへと変換する技術です。ルールベースから統計的手法、深層学習、そしてLLMへと発展し、法律、医療、ビジネス、ニュースなど幅広い場面で役立っています。これからはマルチモーダル化や知識統合、説明可能性といった方向に進化し、人とAIの協働をさらに支える技術になると考えられます。 


記事を書いた人
ヘルフリック純華(Sumika Helffrich)

コンピュータサイエンス専攻の学部生です。 AIと言語処理の分野に今後も関わっていきたいと思っています。 漫画やボカロが好きで、よく気分転換に楽しんでいます。